ヒグマの話

 私は自然ガイドや登山ガイドもやっているためよくヒグマに会います。特に近年はニュースになったように観光客の車にのしかかったり、海を泳いでいるところを撮影されたりウチの300メートル先の林に出没するなど人目につくことが多いようです。

 知床では特にヒグマが多くてウチの宿に来られるお客さんでも何人かに一人は道路脇で見かけたりハイキング中に遭遇したりしています。私も最初に遭遇するまでは「会ったら終わりだ」とすごくビビっていて実際初めて遭遇した時「走って逃げてはいけない」とわかっていたのに全力で走って逃げてしまいました。でも何度も会ったり見かけたりするうちにヒグマが全部が全部、会ったら即危険ということではないな、ということがわかってきました。実際私がいままで見かけたヒグマは人や車が通ろうと「人間なんて関係ない、無視無視」と言わんばかりに周りを気にせずエサを探したり親子や兄弟でじゃれあったり、あるいはちょっとこちらを意識しているクマは「あ~人間だぁ~なんか嫌だな~」という感じでチラチラとこちらを見ながらゆっくり離れていくのが多かったです。たまに「うぁ~人間だぁ~」という感じであわてて逃げていくクマもいましたが、人や車を見てもまったく動じないヒクマがいるのは知床や大雪山などの国立公園で保護されている場所での一つの特徴なのかもしれません。

 登山やハイキングや山菜獲り、釣りをされる方によく「ヒグマに会ったらどうすればいいの?」と聞かれて、「昔から言われているように走って逃げるか死んだふりです」と言ったりするのですがこれはあくまでも冗談。実際歩いているときに会ったら驚きと恐怖で身動きできず固まってしまう人が多いとおもいますがでもそのように身動きせず固まっている、ということが一番簡単にできる対処法だといわれています。そして落ち着いて(といっても無理でしょう・・)ゆっくりその場から離れることが一般的には一番です。

 もちろんお互いがビックリするような至近距離でばったり親子熊に遭遇したり一度で食べきれないぐらいのエサ(エゾシカなど)を自分のものだと近くで見張りをしているときなどはとても危険な場合もあり実際に被害もあります。しかしそうなる前に出会わないように鈴を付けて歩く、笛を鳴らす、手を叩く、「おいっおいっ」などの声を出すなどこちらの存在を知らせて先にヒグマのほうから離れてもらうことが重要です。

 まず出会わないこと、次に会ってしまったら落ち着いてゆっくりその場から離れることです。犬や猫などを飼っていてもわかるとおもいますが、こっちが落ち着いている、とか興奮している、とかいう雰囲気は動物はよく感じ取っている気がします。

 でもヒグマを見て感じることは「とても神々しい」ということです。筋肉隆々で堂々としている彼らは近寄りがたいオーラを身にまとっているような雰囲気を持っていて野生動物の凄さを感じます。(もちろん近寄れない、近寄ってはいけないのですが)

 「なんてデカイ野生動物が檻も柵もないところで普通に生活しているんだ!」「こんな動物が生きていける環境が日本にもまだ残っているんだなぁ!」と思うのです。そして今は町で生活していれば動物に対する危険も特に感じなければ戦ったら圧倒的に負けるなんていう意識はしないと思います。しかし知床をはじめ北海道の自然の中では「武器を持たない人間では絶対に勝てない相手がいる」ということだけで自然に対して畏怖を感じますしこのように緊張感と畏敬の念を持って自然の中に入っていく、という感覚は今の世の中では実は凄いことなのだなとおもうのです。本州にはツキノワグマがいますが皆さんも森に入るとき「動物を追いやるほどの武器や機械をもたなかった時代はいつもこのような、怖いような、凄いような、緊張感のある感覚だったんだろうな」と想いをはせてもらえればと思います。アイヌ語でヒグマはキムンカムイ(山の神)というのですがまさにそんな神々しさをもった動物がいること自体凄いことだと感じます。

 絶対安全、なんて無いですが知床では観光船からや知床五湖の高いところに作ってある遊歩道などから比較的安全にヒグマを見られるときもあるのでその時は「ホントにいるんだ」「なんか凄いな」と感じてもらえればとおもいます。

2015年 8月