知床は素晴らしい。しかし現実の知床は森の奥深くまで川の砂防ダムが乱立し、海岸はずっと番屋や防波堤、港が続いている。それでも、北海道らしい牧歌的風景とはまったく違う、人間が失いかけた動物的本能を少しでも呼び戻さないと入ってはいけない領域が広がっている。ボクもさび付いた本能を少しずつ磨きながら、山、川、海、そして森と接するうちに、次第に知床にゾッコンになっていった。そして、
2005年7月に知床が世界自然遺産に登録された。この当日、登山ガイドの仕事で羅臼岳に登っていたボクは山頂付近に接近するヘリコプターをみて「あんな近寄って危ないなぁ、なにやってんだろう?」と思っていた。それから月日は過ぎたが知床はますますにぎわっている。ホテルや民宿はどこもいっぱい。でもほとんどのお客さんは知床五湖の1,2湖を足早に歩き、知床峠に行ってからホテルでウニ、カニ、イクラで帰るだけだ。このようなお客さんで知床の観光がもっているのは現状だからそれはそれでいいとして、もっと知床を楽しみたいと思っている方は一歩踏み込み奥深さを味わってもらいたい。
ここは原始の世界が身近にある場所。川では上ってくるサケを熊が追い、おこぼれにはオジロワシ、キツネ、そばには鹿、原生林の森にはキツツキの音が響き、夜にはモモンガが飛び、シマフクロウが鳴いている。両側が海に囲まれた稜線沿いの縦走路の登山道ではすぐ下に見える国後島はとても近くって人がいるのが見えそうだ。そしてここは高山植物の咲き乱れる世界。冬には押し寄せる流氷と波の消えた静寂の海、オオワシと鹿の大群。
もしもここが世界遺産ではなく、国立公園でもなく、温泉観光地でもなかったら・・・(そしたらだれも見向きもしないか・・)もしもどこへ入るにも誰にも止められることも怒られることもなく、ナイフと火を手にして全てが自己責任で入っていける場所であったなら・・・・想像してほしい・・・
冒険心、探究心を持って、危険を察知、回避する能力を磨きつつ遊べるこれほどの場所は国内ではもうほとんどないと思う。
しかし、今の知床の現状は押し寄せる人々と規制また規制。これも仕方がないのであろうが世界遺産や国立公園なんて人間が決めた境界線。動物には関係ないし、知床の方向にこだわらずに自宅の窓からあちこちを眺めると、いい森、景色のよさそうな稜線、美味しい魚の釣れそうな海や楽しい釣りのできる川があちこちにある。
わが町清里町。遊ぶという意味でもかなりストレスを感じない、いい場所だとあらためて思う。
これからきっと密かに注目されていく町なんだろうな。
(後日談・・知床バブルは3年で崩壊した。今は静かになり、関係者も思考をめぐらしているからこれからがホントの知床になるだろう)
国後島、択捉島は自然が特に素晴らしいと聞いた。ボクらが元気なうちにこれらの島に自由に行き来することができるようになるだろうか?もしそうなったら知床はますます静かになり、根室は賑わいが復活するだろう。そのときは羅臼からシーカヤックで国後に渡って、山、川、海を存分に楽しみたい。そしたら風景画国後館を作りたいと考えている。
北海道に限らず地方の田舎では過疎化対策、小学校存続対策として児童数確保のための山村留学を行っているところが多い。しかし現実はなかなか児童は集まらないようだ。
この少子化時代、東京23区の小学校も閉校や統合が相次いでいるのだからある程度は仕方ないのだが、子供にとって、もっとも安全で心身の成長にいいと断言できるのが北海道の田舎への就学だ。
ここでは留学とは言いたくないから就学としたが、現状の山村留学は家族単位で来て「1~2年間の短期的な留学」というように入るほうも受け入れるほうも捉えている感じになっているようだ。
これは両者にとって、とてももったいないし、これからは違う視点で考える時期かもしれない。
ボクは入植、じゃなくて移住候補地を探している時に、子供にとっての学校は児童数が少なければ少ないほどいいと思っていた。でも妻はあまり児童数が少ないのも子供の社会性の成長面や自分たちが狭い、濃密な近所付き合いの中に入っていかねばならないという強迫観念もあり、ある程度の規模の小学校がいい、と強く主張した。で、結局いつものように・?ボクが折れ、妻の提案を受け入れて各学年一クラス約30人ずつ、全校生徒約180人の、町で一番大きい今の小学校へ行くための学区、という意味でもこの土地に移り住んだ。(我が町、清里町の人口は約4900人、2007年現在)・・夫婦円満という意味ではこれはこれでよかったのかもしれない・・
北海道の田舎、それも山村留学、というと、ものすごい一大決心にうつるだろうし、実際そうかもしれない。これは特に親の性格がその場所に馴染めるか否かで変わってくるし、残念なことに親も子供も「やっぱり都会の学校に帰りたい」と思い、そうなることが多いようだ。たぶん、子供が「どうしてもここにずっと住みたい」と言ったら親であれば考えるであろう。
全校生徒10~20人ぐらいの小学校は教師も児童も家族みたいでいいことがいっぱいある。
しかし、どうもこの規模の学校では踏み切れない親と子供には、うちのように「田舎の町で一番大きな学校」もおすすめする。でもこういう学校は山村留学という制度は無いから町営住宅への優先的な入居など特別な配慮や待遇も今は無い。しかし、ど田舎とはいえ過疎のため空家や民間のアパートも探せばある。そして目指してほしいのは、留学ではなく、就学だ。受け入れ側の学校も切羽詰っていないとはいえ、確実に過疎化が進行しており大問題であるわけだからこれから受け入れ体制を整える、というか「受け入れる心の準備」をしなくてはならないとおもう。
問題はパパの収入だろう。これは「田舎は仕事無いから」という古い考えではホントに無い。
都会から来た人の田舎での仕事は「都会の人向けの何らかの仕事を自分で考えてやる」ことを提案する。まだ田舎には足りないもの、また、視点を変えれば無尽蔵ともいえる豊富な資源がある。自然がある。心豊かな暮らしがある。そこに気が付き商売を考えれば結果はついてくるだろう。
子供が「絶対に帰りたくない」というほどの素晴らしき少年少女時代をおくれる場の提供と、親としても素敵な田舎暮らしを始めようではありませんか!