一昨日から4月下旬まで休館日、「長い休みは何をやっているんですか?」とよく聞かれますが、「いつも長旅に出ていま~す」というのは言ってみたい目標。実際は掃除や修理などの大工仕事、登山ガイドの手配や町おこしのイベント、観光協会の仕事、広告宣伝や事務処理などけっこう慌ただしく動いています。やることが多いっていうのもある意味幸せなことだと言い聞かせ、次の宿開館も向けてがんばりま~す!
また見えてます
清里を応援してくれる人たちと
デザイン変更により販売好調の清里焼酎。そのデザインをしてくれたデザイナーさんたちと清里めぐり。まずは畑も牛もやっている澤田農場さんへ。なるほど!という説明を聞きながら牛舎を見学。どの業界も奥が深い!
自動運転のトラクターにも乗せてもらいました。GPSによる測量技術で誤差は数百メートルにつき2~3センチだとか!すごい精度と技術。これはすぐにでも農業のスタイルがかわりそう。
漬物製造のMK食品さんも見学。ザワークラウトも試食させてもらいました。胃腸にとっても良さそう。
昼食は秀峰庵さんのそば。とても洗練されたそばで、そばを自分で育て、粉を挽き、打つ、というスタイルだけでも素晴らしい!そして美味しい!これは石臼びきで粉をひいているところ。
焼酎工場の貯蔵庫にもいきました。樽って味ありますね。
私の主な担当は藻琴山ミニスノーシューツアー。氷点下8℃、強風という極寒のコンディションの中、皆さんがほっぺたを赤くして楽しいでいる姿を観るのは大好きです。大都会の人なのに結構強者!
昼食は清里のtokotokoさんが持ってきてくれてとても美味しいお弁当。(写真撮り忘れた)その後に川湯エコミュージアムの解説員さんにお世話になりアカエゾマツの森でショートハイキング。今回も業界の第一線で活躍している方たちともつながりもできて、とても有意義な時間をすごせました。この経験と人脈を町づくりと宿づくりに役立ていかねば!
春の亀裂
早春・オホーツク
去りゆく流氷とポカポカ昼寝。
氷船からエサ探し。そろそろ北へ帰るのかな。
埼玉のTさんのランチはトキシラズのルイベ!一休屋さんの芸術。ちなみにトキシラズとは春~夏と早い時期に捕れた、まだ卵や白子に栄養をとられていない脂ののったサケのことです。美味!
原生林ではクマゲラに会いました。森のあちこちではコンコンコンだけでなく、タララララッ~というドラミングも聞こえてきました。恋の季節の始まりです。
人にとっては絶景。キツネにとっては昼寝の寝床。
今年もイタヤカエデの樹液にありつけました。知床産メープルシロップ。
次の日は転勤で北海道から去ってしまうTさんとエトンビ山の軽・・?登山。自然林の中、徐々に斜度が増していく斜面を約2時間半、ひたすら登ります。この時期は雪の表面が締まっていて登りやすい!もし新雪だったら疲れと時間は倍かかっていたでしょう。
ルベス岳と同じく、途中にあった穴からは暖かい空気が出ていました。あちこちに地熱の高いところ、人知れずあるんですね~
上部のヤセてきた尾根を登ると、
写真では伝わりませんがオホーツクの大パノラマ。沖には流氷、歩き始めたところに停めた車、わが町清里、斜里、小清水、網走に知床。藻琴山に屈斜路湖まで見えました。
尾根を歩き、山頂へ。この日は斜里岳を西側から遠望。
次の日も快晴!今度は東側から斜里岳ルイベピークを目指します。ルイベピークとは以前そこで最高に(最低に)寒いおもいをしてルイベのようになってしまったので勝手に命名。まずは2時間、広くて気持ちのいいトドマツとダケカンバの自然林をゆったり登っていきます。
稜線に出ると正面には東斜里岳。その右側が本峰。北海道冬山の山岳景観。
目に入る風景は360度絶景。野付半島もまだ氷結中。
国後島の近さを実感。泊山、羅臼山。島の半分も見えていないけど佐渡島の2倍という大きな島。行ってみたい!
ルイベピークをすぎ、東斜里岳の手前、標高1200メートル付近まで行きました。暑くて背中汗だくだったり、寒くてプルプル震えたり、オオワシが上空を滑空していったり、クマゲラが鳴きながら飛んでいったり、今回も心に残るハイキングができました。
動物たちも春
流氷最盛期!?
静かなる神の子池
嵐の後の風景
寿命縮みました
自然の猛威を今日ほどヤバイと感じたことはありません。網走湖でのワカサギ釣りガイドの後(たまにやっています)斜里町に入ったところで突然の猛吹雪!ホワイトアウトとなり、進むと停まっている車にぶつかりかも、停まると後ろからオカマを掘られるかも、という状況でアクセルを緩めたところ、右からの突風で凍結した路面を横に流され操舵不能に・・これは畑に落ちるな、と覚悟したらちょうどバス停で広くなった路側帯に滑り込みました。前方にはトラックが待避しておりこちらも待避。後続車が突っこんでこないようにと非常停止灯を付け、横転しそうに揺れる車の中で最悪の場合の対処を考えていると路側帯に入れない車も視界ゼロで次々にその場に停車。10分ぐらいじっと耐えて一瞬収まった風雪の間隙をぬって90度方向を変え清里へ向かい3キロほど走るとウソのように風が収まり視界が開けました。 しかし斜里駅で動かなくなってしまった汽車に乗っていた子供を迎えにいくため再び荒れ狂う暴風雪の斜里へ・・これは今になって考えると誤った判断だったのかもしれませんが(清里の親は迎えに行って危ない目に合いながらもなんとか帰宅した組と、駅前のホテルに子供を泊まらせた組にわかれた)斜里から清里への道はそこかしこで車が事故を起こし、吹き溜まりに突っ込み立ち往生し道路は次々に通行止めに。視界がきかず、風に飛ばされる危険を常に感じながら捕食者に追われる獲物のように右往左往し通常15分のところ、1時間半かかってようやく家に帰還しました。想像を超える速さの天候の激変、暴風雪とホワイトアウト。これらを避けられない状況のとき、いかに命をつなぐかを考えさせられた時間でした。